長年の経験からハンドメイドで生み出されるMdrums。それはどういう特性でどんな音を奏でるのか。
ドラムの物理に造詣が深い深大寺しんぷるてくのろじ〜研究所に試作品の評価を依頼した。
以下はその報告の一部である。
Mdrumsがなぜくり抜きシェルを作ったのか、それを理解するには、ドラムシェルの成形方法とその特性を知っておく必要がある。
ドラムシェルの最も一般的な作り方であるプライ成形は、0.5mm〜1mm程度の平板素材表面に接着剤をつけて型内で重ね合わせ、内面から圧力をかけ円筒にする成形方法。材料の調達、剛性の確保、特性の安定性の面で非常に合理的な方法である。プライ数と強度の関係が経験上わかっている点、素材の選択と厚さの組み合わせで無限のバリエーションが作れる点は工業製品として安心なチョイスである。しかし一方、プライ間には必ず接着層が必要であり、成形後はもとの素材と異なる特性にならざるを得ないという点がトレードオフになる。
[Fig-1] プライシェル例
平板の素材を高温の蒸気に晒して柔らかくし、その柔軟性があるうちに型に巻き付けて成形する方法が一般的に用いられている。プライシェルのようにシェル全面に接着剤が存在するわけではないが、高温で変形させることによる木材の繊維構造変化が起こるため、やはり元の材料のままの特性ではなくなる。ヘッドテンションのかかる高さ方向に対しては木目が横向きで剛性が低いため、変形抑制のためのリインフォースメント追加がよく見られる。
[Fig-2] 単板シェル例
プライシェル、単板シェルとも「平らな板を曲げて円筒にする」成形方法で、もとの素材からの特性変化は避けられない。これに対し原木の丸太をそのまま円筒にくりぬけば元の木材の特性を最も維持した状態にすることができる。トレードオフは強度。和太鼓では十分な肉厚確保はもちろん、過剰とも思えるバレル形状による応力分散をくみあせて信頼性を確保しているが、これを一般的なアコースティックドラムシェルに近い厚さと形状で作ることができれば、最も「木の特性」を活かした理想的な楽器となり得る。
[Fig-3] くり抜きシェル例
前述のように、くり抜きシェルは、振動固有値が低く、直径方向にとても柔軟である。この特徴は音と打感にそのまま現れる。
ケヤキを例として、他銘単板シェル、プライシェルスネアとの比較をFig-6、7に示す。
ショット時のヘッド変形にあわせてシェルも柔軟に追従して動くことで低中域の倍音が整理され、レベル的にも時間的にも基音が強調された音になる。一方木目方向である高さ方向剛性は高いため、高域の倍音も適度に保持されている。
※参考:スネアドラムの音は
①スネアワイヤを張っていない状態でショットしたときの音
②スネアワイヤによる打撃音
が時間差で足されたものである。②はスナッピーの選定や張力で大幅に変化し、さらに①に影響を与える。
この両要因はそれぞれ区別して分析しなければ何を見ているのがわからなくなるため、スナッピーOFF状態が基本特性であることを認識して比較することが必要である。
くり抜きシェル、プライシェル、単板シェルそれぞれの実音を時間軸で比較したものがFig-8である。
カラーのグラフは縦軸が周波数、横が時間経過となっている。色は音圧レベルを表し、前述のFig-6,7の200Hz付近の基音ピークが赤色になって表現されている。カラーグラフ下の折れ線グラフは、この基音ピーク部分の成分が時間とともにどう変化するかをあわらしたもの。
折れ線グラフ部分で容易にわかるように、くり抜きシェルは基音成分の持続時間が長いことがわかる。素材のままの繊維構造が保たれていて内部に応力が基本的にないので、メカニズム的に当然の結果といえる。
興味深いのはプライシェル。スナッピーOFFでは表れなかった高周波数成分がスナッピーONでは多数現れる。これはスナッピーOFFでもシェルにその振動成分はあったが音としてのレベルが低かったということで、スナッピーがONされワイヤとスネアサイドの接触音が発音できるようになったことで顕在化したものと考えれる。逆にいえばくり抜きと単板シェルは、スナッピーをONしても音としての成分が出ない程度にしかシェル振動の高周波成分がない(基音が強い)ということになり、このデータからも基音志向であることがわかる。
直径方向に柔らかく高さ方向の剛性は高いというくり抜きシェルの基本特性は素材を変えても同じである。
素材によって変化するパラメータは基本的に密度と弾性なので、前述のFig-5で示したとおり選ぶ材料によって固有値が変化する。違いは基音ピークよりも上の倍音特性部分にあらわれ、それぞれの個性を反映した音色となる。言葉での表現は難しいが、データ上明確な差があり、実音を聴く際の参考にして頂きたい。
総合的に実際の音データと聴感を紐づけて言えば、Mdrumsのくり抜きスネアは
・300Hz以下あたりの基音領域が支配成分。
・500-1kHzあたりの成分もしっかり残り、全体としてツヤや明るさのある音になる。
という評価になる。
実際の演奏では奏者の好みによってさまざまな変化要因(チューニング、ミュート状態、ヘッド選定、スナッピー選定と設定など)があるが、打感が柔らかで基音も倍音もしっかり聴こえるという素性の良さは、奏者が考えるいろいろな方向へのカスタマイズに柔軟に対応できる楽器と言える.
(2022.10月 深大寺しんぷるてくのろじ〜研究所)